歴史

Reskull リスカルができるまでの歴史をここでは紹介してゆきます。

私は1967年12月に大分市にて生まれました。祖母、両親、姉の5人家族で、何不自由なくすくすく育ちました。

 

中学校では滝尾中学、柔道部に入り、主将を務めました。その後、大分商業高等学校の情報処理科を卒業した後、市内の電設会社に入社させて頂きました。当時はまだバブル経済の前でした。

十二指腸潰瘍

会社に入社して3ヶ月ぐらいの時、鋭い腹痛を感じました。涙が出るほどの腹痛を上司に訴え、病院に行き診察を受けました。人生初となる胃カメラに嗚咽をあげながら検査をして頂いた結果、十二指腸潰瘍と診断されました。自分の胃や十二指腸をモニターで見ると大きな潰瘍(傷)が5~6か所確認できビックリしました。その後、自宅に帰り薬を飲んだのですが、腹痛は治まらず、痛みに耐えベッドで横になっていました。

その夜、母が心配して整体をしてくれました。全身をマッサージした後、首や背中や腰をボキボキと矯正してくれたのですが、背中に膝をあて、私の両手を固定し背中に膝で衝撃を与えて、背中が「ボキッボキ」と鳴った瞬間に腹痛が無くなりました。その後、腹痛は全く無くなり驚きました。

 この事で、人間の身体って不思議だなと驚き、同時に病院で頂いた薬では痛みが治まらなかったのに、母の整体で痛みが一瞬で取れた事に驚き、母の整体は凄いなと感じました。
私はこの経験から、人間の身体は不思議で面白いと思うようになり、ほどなくして会社を退職し、母の仕事を手伝うようになりました。 最初は人の体を触るのは抵抗がありましたが、1か月もすると慣れてきて、解剖学の勉強から始め、母からカイロプラクティックを習うようになりました。

母の整体はカイロプラクティックテクニックの中の、ディバーシファイドテクニックといい、これを使い整体をしていました。ディバーシファイドテクニックとは直訳すると「多目的な方法」という意味で、簡単に言うと腰や背中、首等を「バキバキ」「ボキボキ」する整体方法です。

 

身体の関節が「ボキッ」というと脳内から麻薬のようなホルモンが出て気持ちよくなるそうで、治ったような錯覚をします。その間に自然治癒してしまえば、それで治ったという事なのですが、数日すると麻薬が切れますので、自然治癒しなかった場合は、また、「ボキッ」っとしてほしくなります。このカラクリを知ってから私はこのテクニックを使うのを控えています。

このディバーシファイドテクニックで施術した後は体が軽くなり、痛みが瞬時に無くなったりします。私の十二指腸潰瘍もこのテクニックで治して頂きました。

人間の体は不思議な事が多く、解明されていない事が沢山あります。というか現在でも人間の体の事はほとんど解明されていません。ですから、解剖学等を勉強してもすぐに「と考えられています」や「と言われてます」など曖昧な結論で、不明確な所が多いのです。

 

神戸へ修行

神戸でお世話になった整骨院の院長は、冨金原先生でDC ドクターオブカイロプラクティックというアメリカではお医者さんの資格を持っていて、カイロプラクティックの考え方やテクニック等、様々な事を教えて頂きました。

初めて治療院に伺い、見学させて頂いた時、トムソンベッドが10台並んでいて、自分と同い年くらいの白衣を着た先生がそのベッドを自在に操り、患者さんを次々に治療している姿に感動しました。

その同年代の先生が矯正する姿は非常に躍動的で格好良く、自分もここで働くと、このように格好いい治療ができるかと思うと、興奮したのを覚えています。神戸では院長をはじめ主任の先生、先輩方も多く在籍していて、質問すれば即座に答えが帰ってくる素晴らしい環境でした。

関西近郊の若い鍼灸師や柔整師、カイロプラクティックを志す若者が多く働き、土曜の午後は院長先生の治療の見学、月1回日曜日は朝から夜まで勉強会、遊ぶ暇もお金も無かったのですが、仲間に囲まれ楽しいい日々を過ごしていました

先輩は色々な方がいて、考え方や生き方が皆違い、良い刺激を沢山いただきました。人間のカラダはまだ全く解明されていなく、病院でも治らない病気が沢山あり、将来は東洋医学と西洋医学が融合した新しい医学が必要であると思いました。その後、大分に帰り27歳の時、母と院長を交代しました。

アクチベーター

33歳頃、大阪の友人にAMCT(アクティベーター・メソッズ・カイロプラクティック・テクニック)というテクニックを勧められ、小倉DCが開催する大阪での勉強会に2クール(2年間)参加させていただきました。このテクニックを習得することにより体の矯正はかなり自分でも納得できるレベルに達しました。AMCTは専用のアクティベーターという器具を使い背骨を細かく触診し、矯正してゆきます。

頭痛とめまいの症状があり、薬を両手いっぱいに毎日飲んでいた方が、5~6回の矯正で全く薬を飲まなくてもよくなったり、肘が曲がらず顔も洗えず、足首がほとんど可動しなかったリウマチの患者さんが日常生活に支障がなくなるほど改善したりと奇跡的な症例も多くなりAMCTでの矯正にかなりの自信もついてきました。

しかし、上手に矯正できても、日にちが経つとまた症状が出る方や、上手く矯正できてもまた歪みが戻る方もいました。なぜだろうと、考え、悩み、どうしたらいいか毎日考えながら整体をしていました。

HSTI

次に学んだのが、HSTIという施術で、宇宙の話や人類の進化、科学の進化など多岐にわたる内容で、先生の治療院がある沖縄まで、何度も勉強に行かせて頂きました。

HSTIでは、骨は衝撃により歪むと考え、その骨の歪みに持続的に重りを乗せ、圧をかけ矯正します。整体やカイロプラクティックは動きの悪い関節を矯正し動きを良くするという考え方で、HSTIは骨そのものの変形や歪みを矯正するという考え方です。

HSTIは現在、比嘉先生は引退し、息子の真也が頑張っています。この療法からの学びは大きく、現在の考えに大きく影響を受けています。

衝撃の発見

2016年1月から宮崎のバスセンターのショッピングモールの中にある、トータルセラピーという足つぼやリラクゼーションのお店にご縁を頂き、経営する事になりました。大分市内から週に1回、宮崎市内まで片道200Km、往復6時間の車の運転で腰を痛めたようで3月頃からギックリ腰になり、激しい痛みに悩まされました。整体が上手な友人などに整体をしてもらっても改善が見られず、病院でMRIで検査をしてもらったり、2ヶ月間くらい苦しんでいました。

宮崎のスタッフに勉強会でアクティベーターを教えようと、勉強会を開き、基礎的な事を教えその後、私の身体を実験台にして矯正しました。その時に矯正された感じがすごく良く「効いた」と実感しました。

勉強会も終わり、その日は何事もなく、大分に帰りましたが、次の日から腰痛が全くありません。2カ月間苦しんだ腰痛が全く無い。この事実を深く考え、様々検証した結果、リスカルの発見に繋がりました。

 十二指腸潰瘍の体験から始まり、リスカルの発見に至るまで、30年かかりましたが、やっと本当の事、原理原則に行き着きました。今後は、身体の事に悩む方に役立つように尽力してゆきます。現在は51歳になりました。New Chiropractic Technique Reskullの普及に残りの人生の全てを懸けてゆきます。